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東京高等裁判所 昭和37年(う)1267号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人田口康雅、岡根木孔衛、同草島万三連署の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

一、控訴趣意第一点の所論は、原判決には重大な事実の誤認があるといい、被告人前田宇之助の本件侵入行為は、専ら自己の肖像権即ち名誉権の侵害を回復することを目的としてなされた正当なものであり、少くとも、被告人としては、そのように確信し、またこれを確信するについて相当な理由が存在したものであるから、被告人の所為は違法性を欠き無罪である。と主張するものである。

よつて記録を検討するのに、被告人前田宇之助が破壊された戸の腰板部分をくぐつて村役場事務室内に入るとき「写真をよこせ」といい、また、入つてからも役場総務課長臼井茂左エ門に対して「写真をとつたのは誰だ」と、抗議しているところからみると、一応、被告人は原判示のように写真フイルムを取り上げようという意図もあつて、右事務室内に侵入したものと認められる。しかしながら、被告人が専らフイルムを取り上げることを主目的として右侵入行為を敢えてしたと認定するのは相当でない。村当局においては当日の村議会が反対同盟員によつて混乱におとし入れられることを憂慮して、一般の事務受付は午前八時半から、また、議会の受付は午前九時半からに限定しそれ以外には一切役場庁舎内への立入を厳禁し、出入口、窓等に施鍵するだけでなく、窓なども外からはづされないように補強して、三十人もの職員、整理員を宿直させて夜を徹して警備に当らせていたところへ、被告人前田宇之助は、同西村弘ら反対同盟員と、真夜中の午前一時半頃役場正面玄関に押しかけ警備の職員に対し「中へ入れろ」と相当執拗に要求し、これを阻止しようとする役場職員らと押問答をするうち、反対同盟員の者がガラス戸の腰板を破つたので、そこから役場事務室内に侵入したものである。また、内に入つてからも臼井総務課長に対し「写真をとつたのは誰だ」と抗議しただけで強くその引渡を要求している訳でもなく、臼井課長から、「余り時間が早過ぎるから帰つてくれ」と要求されても「切角きたのだから、このままおいてくれ」といつて、これに応じなかつた事実が認められる。このような事実からみると、被告人前田宇之助は真夜中に警備を破つて役場庁舎内に入ることが主目的であつて、その時偶々写真をとられたので、これを「よこせ」と叫んだに過ぎない。専らフイルムを取り上げることを目的としたとみるのは事実の真相に合わない。また、右に述べたような緊迫した状況のもとで、臼井総務課長の命によつて、山崎直之役場吏員が必要に応じて庁舎内外の状況をフイルムに収めて記録することは庁舎を管理する者の側として当然なし得ることで勿論正当な措置である。真夜中に警備を斥けて侵入しようとするところや、特に仲間のものが破壊行動を敢えてしたところを写真にとられても、これをもつて檀に私生活の秘密を侵され、その名誉権を侵犯されたと主張することはできない。そのフイルムの引渡を要求することは勿論できないので、仮に被告人がこれを要求する意図を含めて役場事務室内に侵入したとしても、その行動を正当化するものではない。既に述べた諸状況からみても、被告人が右正当行為を誤認していたと認め得る節は全く存在しない。この点の論旨は採用の依りでない。

二、控訴趣意第二点の所論は、原判決は法令の解釈適用を誤り、建造物侵入罪を構成しない事実を有罪と認定した違法を犯していると主張する。すなわち、本件役場庁舎のカウンターもこれによつて隔てられている事務室も、廊下も、同じ建造物内にあつて、その廊下には被告人吉田豊はじめ相当数の村民が傍聴、面会を求めるため立入つており、村当局もこれを容認し、敢えてその退去を求めた事実がない。この廊下よりカウンター一つ隔てて事務室内に入つたとしても、それは同一建造物内におけるできごとであり、社会的にみて正当性を欠くとしても、これを独立の建造物に対する侵入として刑法第一三〇条を適用処断することは違法であるというのである。しかしながら、同じ建造物内でも、特に濫りに立入ることを禁止している部分に不法に立入るときは建造物侵入罪が成立するものと解すべきである。本件は正午近い村役場の執務時間中であるから、カウンター外側の廊下には一般公衆の立入が許されていたことは言うまでもないが、当時村議会の臨時議会が開かれていた最中であつて、試射場議案の撤回を要求して多数反対同盟員が役場正面西側入口等に詰めかけていたため、事務室と廊下を隔てるカウンターを境として、それより内部に、反対同盟員らが濫りに立入ることを禁止し、前記臼井総務課長らが、そのカウンター際に立つてこれを警戒していたところ、正午過頃村議会が防衛庁の試射場設置申入れに同意することの議決をした直後、被告人吉田豊は、村長を詰問するため、右カウンターの上から警備員の頭上をこえて事務室内に侵入したものであるから、これによつて建造物侵入罪の成立することは疑いを容れない。

二、控訴趣意第三点の所論は、原判決の事実誤認を主張し、被告人吉田豊が立入つた役場事務室内には、一般にその立入りを禁止された事実がないというのである。記録によれば、被告人吉田豊が右事務室内に侵入するより前に、被告人前田宇之助、同西村弘、その他反対同盟員の大沼清志、大沼長造らが既に右事務室内その附近にいた事実は否定し得ない、また、これら反対同盟員に対し、村当局が特にその退去を要求した事実のないことも、これを肯認し得る。しかしながら、これは特にそのため当時開かれていた前記臨時議会の進行に格別の支障をきたす恐れがなかつたからであつて、この事実をもつて、右事務室に一般の立入が禁止されていなかつた証左とすることはできない。臼井総務課長ら役場吏員がカウンター脇に立つてその外側に詰めかけていた被告人吉田豊を含む多数の反対同盟員が濫りに事務室内に立入ることを厳重に阻止警戒していた事実は明確である。この点原判決に事実の誤認があるとする論旨は採るを得ない。

四、控訴趣意第四点の所論は、原判決の事実誤認を主張し、被告人吉田豊は事務室内の総務課の机の上にとびおりるより以前に既に事務室内に入つており、これを役場吏員は渋々ながら容認していたのであるから、同被告人が右机上にとびおりる直前事務室内に侵入したと認定した原判決は事実を誤認したものである、というのである。記録によれば被告人吉田豊は大体カウンターの上に乗つていたが、事務室内にのり出すようにし、頭上の梁につかまり、足を事務室内の書棚にかけるというような極めて不自然な姿勢で、その体全体としては事務室の方に多くでていた事は弁護人主張のとおり、必ずしもこれを否定し得ない。同被告人の背後には既に相当多数の反対同盟員らが詰めかけていたのであるから、村当局としても、このような被告人の態度も己むを得ないものとして特にこれを制止しなかつた事実も肯認される。しかしながら、前記臼井総務課長ら村吏員はカウンターの脇に立つて、それ以上に被告人吉田豊を含む反対同盟員が事務室内になだれ込むのを阻止、警戒していたのであるから、被告人吉田豊が前記議決直後右警備員の頭上を越えて総務課の机の上にとびおりたときをもつて建造物侵入の罪が成立すると認めるのが相当である。この点において原判決には所論のような事実誤認の不法は存在しない。論旨は採用の限りでない。

五、控訴趣意第五点の所論は、原判決の法令解釈適用の誤謬を指摘し、被告人らの各所為は、新島における試射場設置反対という、日本国の平和と安全を守り、島民の生活利益を持続する、日本国憲法の趣旨に合致した正当な運動を完遂するためになされたもので、その手段、方法も社会的相当性を具備するから、法律上正当行為として許容されるものであると主張するのである。なるほど被告人らの各行為は単にフイルムを取り上げるとか、村議会の傍聴券を獲得するためとか、また、村長に抗議する目的というような、各具体的場合における個々の直接の目的だけをその動機とするものではない。原判決がこれら個々の直接の動機、目的だけを切り離して、それは被告人らの主張する民主平和憲法を守る運動とは直接かかわりのない派生的、偶然的なものであるから、個々の動機目的に正当性が認められない限り、これを正当行為とすることはできないとした点は必ずしも正確を得たものでないこと所論指摘のとおりである。被告人前田宇之助、同西村弘が深夜村当局の厳重な警戒を斥けてその庁舎内に入ろうとしたのは村議会の傍聴券を獲得するためであり、被告人吉田豊が警備員の頭上を越えて事務室内に侵入したのは村議会が防衛庁の試射場設置申入れに同意したことにつき村長を詰問するためであつて、いずれも被告人らの新島におけるミサイル基地設置反対運動と不可分の動機目的に由来するものであることは否定し得ない。しかしながら、被告人らが真にわが国の平和と健全な民主社会の実現を望むならば、その行動は常にわが国の法秩序を守り、公共の社会秩序のもとにおいてなされなければならない。口に民主、平和を唱えてもその行動が法的正義に反し公共の安寧を害し社会秩序を紊すものであれば、それに反社会的不法な所為として糾弾されなければならない。被告人らは村当局の不誠意、背信的な態度を非難するのであるが、深夜、役場職員が撤宵警戒する中を故なくその庁舎内に侵入する行為、特に同志により破壊された戸の破壊部分をくぐり抜けて室内に侵入する行為や、警備員の頭上を越えて事務室内に侵入する行為は、それ自体社会共同生活の秩序の会社正義の理念に違背し、法秩序の精神を無視した違法行為であつて、これを正当化するいかなる理由も見出し得ない。この点において原判決は結局正当であつて所論のような違法はない。論旨は採るを得ない。

以上、本件各控訴はその理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により、これを棄却すべきものとして主文のとおり判決した。(裁判長判事兼平慶之助 判事斉藤孝次 関谷六郎)

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